[対談 全き素直さで対象物の真体を把握する.-第3回-

掲載:2004/9/7

聞き手:松里 凰山(也太奇代表) 語り手:野尻 泰煌

原稿:書藝要説第十六号より抜粋

 

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知識悪と定説悪

 

凰山「今までも度々お話に出てましたが、知識というのは芸術では悪なんですか」


野尻「いや、必要だよ」


凰山「え?」


野尻「必要だけど、後の話というこだよ」


凰山「後といいますと」


野尻「まず作るよね。その結果として何かが仕上がるでしょ。その仕上がった自作を客観視する物差しが必要になる」


凰山「それが知識だと。知識をもとにちゃんと出来たか比較するっていうことですか」


野尻「そうじゃないんだ。一つの視点として自作を把握するだけ。その通りにやる必要はないし、その通りに出来ている必要もない。それはそれ、これはこれ」


凰山「うーん、それって、難しいですよね。知りながらも、それはそれ、自分は自分と。つまりいい心の重石にしなければいけないけど、自分には素直でなければと」


野尻「そういうこと。知識は横に置いておかなくてはいけない。まずは自分に素直でなければ作品は出来ないよ。氏の書いた管弦楽法の上巻に『定説によって自己の審美感を歪めるほどの悪徳はない』と書かれている。つまり、これは作家としての最も大切な心得なんだ」


凰山「パッと聞くと、すぐ出来そうな気もしますが、実際にそれを通すのは、なかなか難しいですよね。だって、自分では素直さのつもりが意固地になっている場合もありますし、第一社会的な対面上難しいですよ。関係者からは非難を浴びるでしょうし。自己と他者と、双方の意味で、素直さを通すのは難しいですね」


野尻「まぁ、皆はそうだろうね。僕なんか『いやいや』で通しちゃうけどね。(笑)確かに、定説に準じていないと、社会的には当然のごとく非難、中傷を浴びるだろうね。でもさ、所詮定説って言ったって、同じ人間が決めたことだよ。しかも、その世代の風潮が混ざっていて、真体であるわけじゃないんだし」


凰山「それ凄いよくわかります」


野尻「例えばさ、表面上は『はいはい』って聞いて、行動は変えないとかすればいいんだよ。終いには相手も諦めるでしょ(笑)。いずれにせよ、自己の審美感を歪めて、いい結果は絶対ないね。すべての座標軸は自分におくこと」


凰山「難しいですね〜」


野尻「いずれにせよ、自己としての深い真実を探っていくためには、多くを見る、聞く、読むだよ」


凰山「確かに、定説、常識ってかなりいい加減ですよね。こんな話を思い出しました。コンタクトレンズを開発した人の話なんですけど」


野尻「どんなんだい」


凰山「人間用のコンタクトレンズは日本人が発明したんです。しかも一介のメガネ屋さん。当時、著名な大学教授に相談しにいったら、非常識と言われ、挙句にこれだから素人は、みたいな扱いを受け、おん出されたみたいですよ。それでも、旦那さんは諦めきれず、自分なりに考えて作ったのがコンタクト第一号だそうです。まーその後は大反響だったそうです。テニスでもそんな話がありますね。いまでこそ、バックハンドって当たり前じゃないですか」


野尻「そうなんだ」


凰山「当時はバックハンドってなかったそうです。それを考えたのはウィンブルドンの歴史を変えた一人なんですけど。確か優勝したんじゃなかったかなー。それを考えた人は、貧乏でテニススクールはおろか教材もままならい状況の男性だったそうです。ただテニスが好きで、でも相手もいなくて、ただひたすらに壁へ向かって打ち続けたんだそうです。当然知識もなく、壁うちしているうちに結果的にバックハンドを使っていたと。ところが、当時の常識ではバックハンドなんてないもんですから、さー大変。スキーの大ジャンプもそうですよね。そう遠くない前まで、足は揃えるのが当たり前でしたけど、今はV字が当たり前になってますし。まーそんなもんなんですよね。会社でもA社で常識と言われ仕込まれたのが、B社へ行ったら非常識よばわりですから」


野尻「そんなもんなんだよ。定説っていうのは、さっきも言ったように、一つの視点ではあるから、無視していいわけじゃない。客観的判断材料としておいておくんだ。ただ、美の世界では必ずしも従う必要はない。定説を意識して、自分の審美感に嘘をつき、私はこうだと意地を張ったって駄目。かといって、こうに違いないと思い込んで、狭い視野でああだこうだとこねくり回したって独りよがり」


凰山「それにしても出来そうで難しいですよねー」


野尻「頭で考えたって駄目だよ。最終的にはね、出来る人は出来るし、出来ない人は出来ない。まずは、カラッポにしてやるだけやってみる。皆は諦めが良すぎるんだね。少々やってハイ出来ましたなんて、天才じゃないんだから。まずはやってみる。愚直になることだよ」

つづく

 

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