書作制作の現場からNo.5
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平成13年5月27日(日) 東十条ふれあい館 9:00〜22:00 |
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究極の楷書、歐法の変化 今日は私も先生も調子がいい。というわけで仕事がちゃっちゃと進む。朝の9時から夜の9時まで書き最後はお掃除。この間に実に全紙100枚書き上げた。全紙の場合、上下2段に4枚づつ、1度に8枚並べて書く。書く時の先生の姿勢は様々で、その姿勢からリラックスして、ある意味平然としている。座り込むように書くときもあれば剣道のソンキョの姿勢で書く時もある。とにかく書き出したら早い。とても楷書を書いているようには見えない。私は先生のアシストをしながら先生の準備の仕方に始まり書き方、筆さばきを間近で見る。昔から、「習うより慣れろ」「先輩の技を盗め」「指示を待つな自分でさがせ」とよく言われた。昔は、「そんなの教わった方が早いのに」とふて腐れたことも数え切れない。しかし、こうして自分を降り返り「習うより慣れろ」は最終的には最短距離になると最近思う。人から教わる場合、自分と相手の比重は良くて「50:50」だ。技を盗む場合は、自分と相手で「100:0」になる。これは俄然集中力が違う。そして100%自分のペース。その結果、まず目で覚えるのだ。私は、なんとなく先生の筆使いを見ている。気付いたのだが、ある時さばき方やリズムが突然変る。私のように単純に未熟な場合、それは偶然でしかない。その為、2枚目は同じにはいかない。しかし、先生の場合は同じ調子が続く。そしてまた変化する。今回、午前中は歐法そのもので書いていた。それが徐々に変化する。より崩れた楷書、荒れ狂う楷書、清楚な楷書、そして次第にまとまっていく。そしてまた荒れ狂う。先生は圧倒的な技術力を前提にコントロールしながら偶然というエッセンスを待つ。先生は「同じ調子で書いていると、身体は慣れてしまう。その慣れを破壊する為、意識的に書き方を返るんだよ」と言う。そう、常に自分という肉体や精神と戦いながら筆を進めている。 |
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