2001年8月〜12月の日記
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12月20日木曜(晴れ)「あと2週間で今年も終わり」 かろうじて体調もってます(笑)。まだクシャミが出ますが、まずまず平行線ですね。油断せず、年末年始を健康に過ごしたいものです。さて、会誌ですがようやく仕上がりそうな気配です。すいません遅れておりまして。年末には先生の所にお届する予定ですので、年始の稽古時には皆さんのお手元に届くと思います・・・ああそう考えると巻末のコメントは可笑しいかな・・・。えー年末書いたんだなーと思って読んで下さい。 気付けばもう来週で今年も終わりですね〜。その前にクリスマスですか。うーん、私としてはどうも近年クリスマスってピンとこないんですよね。まあ、いずれにしてもあとちょっとです。今年は後半からがあっという間でした。何かと仕事と泰永展の準備でアップアップでしたので、久々に追い込まイライラしましたよ(笑)。今年は色々ありましたよねー本当に・・・。来年は、勢いのある年にしたいな〜なんて思ってますが、皆さんはどうですかね。あぁーっつ!年賀状まだ手をつけてねー。うーん。 |
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12月9日日曜(晴れ)「うぅ・・・ウィルスが・・・」 いや〜厄介ですねーウィルス。パソコンの世界では、11月末から全国的に広まったウィルス。掲示板に緊急で掲載しましたが、皆さんはどうでしたか?私は幸いにもワクチンソフトを常に最新の状況に保っているので被害は免れましたが、友人には被害を受けた人が何人かおります。今でも思い出したように送られるところを見ると、恐らく知らずに感染している方がいるのでしょう。こういった場合、ユーザー側で被害がいつまでたっても改善されないと、プロバイダから直接改善依頼の連絡があることもあるでしょう。今回の場合、添付ファイルを開かなくてもプレビューしただけで感染するというタイプなのでここまで広がったんでしょうね〜。 さて、パソコンに限らず人間の世界でもウィルスが既にはやり出してますね。こちらも既に知人が何人かかかっているので情報が入ってきてます。お腹、要注意ですよ!忘年会の後とか、それまで元気だったのに突然ゴジラ状態になった方、やられてるかもしれません。熱がドッパ〜っと上がってませんか?私はちょっと兆候が出ていて、熱はないけど食事の後しばらく数時間吐き気がするんです。既に3週間がたちます。相当、養生してるんで早々やられないんですが、ずっと調子がイマイチの毎日を過ごしています。この調子では年末年始相当危ないです。 |
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11月25日日曜(晴れ?)「書展無事閉幕」 「う〜腱鞘炎が・・・。」あ、失礼しました凰山です。さて、24日をもちまして本年度の泰永書展は終了しました。ご来場頂きました皆様、そしてお手伝い下さった方々、誠にありがとうございました。3日間という昨年より短い期間にも関わらず10%多くのお客様にご来場頂きました。ありがとうございました。石丸先生もホッとされているんじゃないでしょうか。まー一番ホッとしているのは私かもしれませんが(笑)。結果レポートに詳細は書きましたが、今回は初めて最初から最後までやりました。微かな効果と、大きな反省ありといったところです。いささか制作物に追われ過ぎました。会期を通して生まれた幾つかのアイデアと小さな試みは来年やってみます。ひょっとしたら、来年の泰永展は真夏になるかもしれませんので(笑)、今のうちから書き始めて下さいね。って・・・それは俺か(笑)。 ありがとうございました。 |
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11月12日月曜(雨のち晴れ)「うぎゃ〜来週ですよ書展の方。どうします奥さん(笑)。」 別にタイトルに深い意味はありません。焦った拍子に書いて見ました。そんな心境です。 さて、先週は先生に会い、ちょっと打合せをし、額を買いに行きました。額といってもちょっと普通の違うんですけどね。今週はそのトリミング予定です。それから、配布用の釈文集を作りました。明日、内容を確認し、OKなら印刷予定です。これは昨年、会の方との雑談で、「やっぱり、釈文ぐらいは配布したいね。」というご意見からやることになりました。明日といえば、五反野教室が引っ越すんですよ。いやー重なるもんで。直接関係のある方には既にご案内済みですが、駅から近くになります。位置がわかりにくいのでご注意下さい。詳しくはメニューの「お知らせ」からみて下さいね。色々と事情がありご案内が遅れましたことを深くお詫びいたします。いやー本当色々ですよ。島倉千代○の歌、「人○色々」でしたっけ?を思い出します。「人生色々♪男も色々♪女だ〜ってい〜ろいろ♪・・・」 |
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11月5日月曜(晴れ)「ちぎっては投げ」 師走とはよくいったもの(笑)。自由業をしていると師走は関係ないかと思っていたがそうでもないらしい。先週、ようやく作品集を出稿出来たのでとあるプログラム開発の仕事に専念する予定だったが、なかなかそう上手くいかないようだ。ま〜まだ忙しいうちはヨシとして仕事に奔走している。先生の話にも出たが、ツキが回ってくるととことんツクときと、ツカナイときはとことんツイテナイなんてことはあるようだ。誰だったか、生き物は「波」に支配されていると言った人がいたかと思う。なんとなく、そうかもしれないな〜なんて思いつつ仕事をしている。だって、調子が悪いときはジッと身を固め、調子が良い時はガンガンにやる。体の調子をバイオリズム(波)といいますし。いずれにしてもいい加減忙しい(笑)。 |
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10月31日水曜(晴れ)「ぶふぅ〜間に合った」 ここんとこ忙しくて先生宅に伺ってません。そろそろ行かなければ次なる準備に遅れそうと焦ります。 さて、作品集なんとか出稿しました!ギリギリですが泰永書展には間に合いそうです。最終的には皆様の寄稿のお陰もあり表紙も入れて94頁になりました。私は何度かDTPの仕事はしてきましたが過去最も頁数の多い作品となりました。記録更新です。後は、仕上がりを待つばかり。作品の着いた瞬間が最も嬉しく明日より11月なので本来の気持ちとしては会場で流そうと思っていたビデオ製作に入りたいのですが、仕事がいよいよ危ないので出来そうもありません。またの機会ということで。書展の準備は、当日飾る予定の石丸先生の写真の準備と、小品の表具と更なる段階に入りそうです。 あ!そうそう皆様にお詫びです。11月に会誌「書芸要説九.」の発行を予定しておりましたが12月末に延期させて頂きます。すいません。 いや〜いよいよ11月ですね〜早いものでもう年末ですが・・・。なんか焦りますね(笑)。ではでは。 |
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10月17日水曜(雨)「ひ〜っ、お尻に火が〜!」 別に本当に火がついたわけではありません(笑)。作品集の製作に当初考えていなかったデータが追加になり順調に仕上がる予定が、急に厳しくなったんです。コンピュータも最近機嫌が悪く、度々駄々をこねる始末。おまけに、テストプリントも容易じゃありません。印刷用のデータはEPSというデータで仕上げるので、通常のプリンターでは印刷されません。その関係でEPSプリンターでテストプリントするのですが、プリントするだけで6時間はかかります(笑)。実はこの日記を書いている今もプリント中だったりします(笑)。前回、”完成予定ページ数は、80頁に及びそうです。”と書きましたが、現時点で90頁を越えました。先生が、「手伝おうか」と言ってくれたのですが、こればっかりはソフトが操作出来ないとどーにもならないので、「お気持ちだけで・・・」と言いました。「先生ご心配おかけしまして」(笑) 幸か不幸か、取引先の仕事納期も今月一杯、そっちも初のテーマなので勝手がわからず右往左往しているしだい。そうこうしていたら、もう一方から新たな課題が・・・。ここ1週間はまるでサラリーマン時代に戻ったかのように慌しく追われる毎日です。11月一杯までこんな生活がつづきそう・・・。 |
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10月9日火曜(曇り)「作品集製作快調!・・・かな」 な〜んかここんとこ天気悪いですね〜。お洗濯物干せなくて溜まる一方、あ〜あ。スカッとした天気に、どーだーっと言わんばかりに洗濯物を干すのは気持ちがいいものです。あと、身体が光合成したくてうずいています。光合成と聞くと、「己は植物か〜」と突っ込みが聞こえてきそうですが、人間も光合成するの知ってました?まー植物のそれとは違うかもしれませんが同じような感じです。例えば、部屋にずっと閉篭っていると身体内に有効成分が生成されず弱体化していくんです。これは実体験済です。浴び過ぎも良くないですけど、浴びなさ過ぎも良くないんですね。太陽ですよ、太陽プリ〜ズ! さて、先日泰永書展の作品集向けに撮影を行いました。今回も撮影は先生のお父さん。実は、先生のお父さんは素人じゃないんです。若き頃某有名な読○新聞社のカメラマンになりそうだったんですよ。それくらいのカメラ好きですし、当然腕もあります。お父さんは入社しなくて良かったと言っておりますが、私は「勿体無〜い」と今だに言います(笑)。撮影も順調に終わり、いよいよ作品集も佳境に入ってきました。今回は石丸先生の追悼展も兼ねているので、石丸先生の書以外の知られざる作品の数々や、皆様から寄稿して頂いた追悼文もあります。完成予定ページ数は、80頁に及びそうです。作る側としてはクラクラしそうですが、結構楽しんで作っています。データの完成予定は10月末・・・間に合うかな(笑)。本のし上がりは、書展当日です。 |
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10月1日月曜(雨)「どーも体調が・・・」 ここ2周間、どーも体調が優れませんでしたが、ようやく復調しました。8月末頃から何度か寒暖さの激しい日を繰り返し、その為に9月は調子悪くデロデロレ〜っとトドのようにじっとしてました。仕事は進まないし、遊びも行きたくない。ただ、ボーーーーッと日々を過ごしていました。皆さんはどうでした?当然サラリーマン時代はそうも言ってられず、台風だろうが大雪で電車が止ろうが、高熱を出そうが毎日行ってました。いや〜今考えると凄いパワーです。当時は、上司から「風邪引くなんてなー気合が足りないからなんだ。気合で直せ!」と言われたものです。確かに気合で平気になるもんです。ただ、気合を入れればそれだけ消耗するんですよね。そして、気合はいつか尽きます。皆さんも気合の入れ時には注意しましょう。無理は必ず戻ってきます。友人も何人か風邪で倒れ、長引いている人もいるみたいです。皆さんもお気をつけて。 ようやく、寒さも一気にではなく、徐々にきているので体調にも馴染みそうです。空気が乾燥してきたようで髪の毛パサパサ。乾燥対策がそろそろ必要みたいですね。事務局は、いよいよ作品集製作に追われそうです。 |
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9月22日金曜(晴れ)「表具発注しました」 なんかまた寒いですね。私は子供の頃から気温の変化に敏感ですぐ体調崩すんです。鼻炎系の人って気温に敏感ですよね。私鼻炎なんです。それで、ムカツク程見事に崩します。それで今週は全くもって調子悪い週でした。調子悪くてボーッとしちゃう。そんななか着々と準備は進みます。今週の頭、作品を全て表具屋「拓洋堂」さんに依頼してきました。来月頭には裏打ちという作業が終わる見込みです。それが終わりましたら撮影、そして作品集の作成にうつります。だもんでこの時期は泰永会事務局としては何かと納期にも終われ忙しくなります。そこで体調崩れた日には大変です。通常の仕事もありますから遅れる遅れる。困りものです。 話は戻りますが、今年はなかなかに出展数が多いですよ。小品部門の出展者も増えまして、広がりがあっていいです。前回の日記にあるようにB5チラシを作成しました。チラシは今なら東京芸術劇場へ行きますとチラシ置き場に並んでおります(先日届けて来ましたから)。そして、店頭にポスター等があれば貼りたいと言って頂いた方がおりましたので、特別にお手製のA1特大ポスターも作りました。現在、十条の先生宅前(嫌がる先生を尻目にお父さんに貼ってもらいました)、いつもお世話になっております上野の書道用具専門店「慶花堂」さん、そして後2ヶ所貼って頂けることになりました。誠にありがとうございます。先生はさぞや毎日嫌だ嫌だと思いなが自宅前を通っていることと思います(笑)。一刻も早く剥がしたいんではないですか。しかし、まだ2ヶ月ありますから(笑)。 |
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9月11日火曜(台風)「宣材完成」 久しぶりに事務員らしい日記をひとつ(笑)。泰永展の宣材として制作を進めていたB5チラシ(トップページのあれ)と案内ハガキがし上がった。今年は案内ハガキグレードアップ!紙厚、紙質全ていいのを使ってます。昨年、石丸先生にも、「ペラッペラだね〜」と笑われてしまった。かく言う本人も昨年は、そのし上がりにガックリ。見たと同時に「ペラペラや〜ん」と叫んでしまった(笑)。でも、費用は例年の50%カットしたんです・・・納得できませんでしたが(笑)。しか〜し、今年はその印刷会社を止め、新たに交渉、昨年より更に費用を50%(過去の泰永展の75%)カットし、かつ仕上がりにも妥協せず良い紙質、程よい紙厚の完成度の高いものを目指しました。ま〜その為に交渉しましたし、こっちでの作業は随分増えましたけどね。チラシに関しては泰永展初らしいです。これは、私から先生に提案しました。「まかせる」とのことでしたので、作るということと枚数だけ報告し後は内容もデザインも全て独自でやらせてもらいました。当初、「先生の写真を使いたいんですが」と言った私に、「んー・・・泰永会は僕の会では無い訳で皆の会だから、僕の写真を使うのはどうかと思うよ。」そう仰ってました。私は「わかります。でも、泰永会の為に先生の写真を使いたいんです。」と。先生はこういうのが嫌いなのは重々承知してました。先生は掛け値無しに本物で勝負したいし(書のみで)、出来る人だということも。嫌そうでしたが「あとはまかせるよ。相談しなくていいから。」ということでしたので、相談せずにやりました(笑)。今後もこの路線でいくつもりです。私は、会社でもそうなんですが大枠な方向性は上司と擦り合わせし、後は全て担当者が責任をもって仕事をするというのが理想だと思ってます。上司はウダウダ言わない。でも、責任はとる。信用出来なければまかせなければいいわけだし、スキルが不足しているなら成長させるよう仕向けるのが上司だと思ってます。でも、今の社会にはいないんですよね〜ほんと。皆口ばっかりで。でも、先生はそれが出来る人です。チラシを見た先生は、思った通りノーコメントでした(笑)。私は何も聞きませんでした。先生は本物なんです。こういうチョコザイなことは嫌なんでしょう。でも、大勢の人にまず振り向いてもらわないと、本物をわかる人に行き当たらないんですよね。これだけ情報が溢れていると、皆自分から探しに行こうって人ホント減っているんですよ。テレビの影響ですね。それに、男性が女性の為にカッコつけるのも、女性が一生懸命ダイエットやらファッションに時間やお金をかけるのも、まず皆に振り向いてもらって、その中から良いのをチョイスする(笑)。その為ですから。そう思うんです。だって、生き物全てがそうですから。だから、泰永会も皆に振り向いてもらわねば!と、思っているんです。皆が良い作品出さなきゃと思うような。まーその発想自体、先生の嫌いなことなんですけどね。ま〜これからですよ。 尚、会の方で出品された方にはこれらチラシとハガキは送ります。出品されていない方は、先生に言ってもらって下さい。余分に渡してありますので。 |
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9月4日火曜(曇り)「剣の男」 稽古中に聞いたこんな会話を思いだした。 「人は変わらないよ」先生がいつか稽古場で言っていた。 「変わるんじゃない。もともとそういう要素があって、それが活かされたに過ぎない。そういう意味では、自分は自分でしかないし、自分らしさなんてそもそもない。だから、最終的に自分はしたいようにしか生きられないんだよ。」 そんなことを考えているうちにフトこんな物語が頭に浮かんだ。 「剣の男」 才能や資質、つまり自分というのは抜き身の剣だ。誰かが不用意に触れれば傷つく。それは相手が近づき過ぎだ。しかし、避けることも出来た筈。振り回せば近づく人を容赦無く傷つける。振り回すのは自分だ。いつか誰かが危険過ぎると考えた。そこで知識という鞘をあみ出した。知識という鞘があれば近づいたぐらいでは傷つけることはない。そして、時間が過ぎいつしか人は剣の存在を忘れる人が多くなった。しかし、自分とい剣は失われたわけではない。鞘にしっかり収まっている。誰かが、危険が迫ったときに剣を抜かずに鞘を振り回した。危険は鞘で撃退できた。すると、ますます剣の存在は意識から失われた。年をとればとるほどに、剣は錆朽ち果て鞘から一層抜けなくなった。ある日、剣の存在を忘れた男が、剣を研いでいる男に出会った。その剣は余りに美しかった。男は自分の剣を思いだし抜いてみた。剣は曇り錆びていた。男は研がずになんとかならないものかと考えた。そこで鞘に装飾を施した。これが欲だ。剣ほどではないものの、装飾は実に美しかった。それを見た別の女がこれまた美しさに驚き、更に美しい装飾を施した。そうして、人々に装飾が広まった。そして剣の存在を忘れた。鞘の男はこれ以上ないという程の装飾を鞘に施し、誰に会ってもその美しく強固な鞘で負けたことがなかった。ある日、剣の男に再び出会えた。鞘の男は「どーだ」と言わんばかりに己の鞘を振り回し男に近づいた。これが権力者だ。剣の男は「近づくな」と警告したが、鞘の男は鞘を振りかぶった。これが奢りだ。剣が唸り鞘は折れ飛んだ。すると鞘の男がガックリとうな垂れ突っ伏した。これが挫折だ。鞘の男は「どうすればいいんだ。俺はもう終わりだ。」と泣き崩れた。剣の男は、「折れた剣は接げばいい。錆びた剣は研げばいい。折れた鞘は買えばいい。」そう言って立ち去った。 |
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9月3日月曜(雨)「身の丈」 泰永展の準備が着々と進みつつある。今年の泰永展は実験的な試みも含め幾つか新しいことをしている。宣材としてB5チラシの作成、作品集へ追悼文の掲載、ハガキ増産、写真展示、うまくすれば映像も流す予定だ。今までは様々な問題があり自分の中では消極的にならざる終えなかった。それは予算であったり、膨大な手間であったり、機材であったり色々。また、私は酷い横着者なので本来頼られるのは本当に苦手だ。苦手というより嫌いだ。他人様を支えるのは自分を余裕で支えられ、更に余りあるパワーと意思がある人が初めて支えられると思っていた。でないと共倒れになるからだ。しかし、石丸先生からの「泰永会をお願いします」という言葉で「やろう」そう思った。自分になにか変化が起きたような気がした。そして、ふと石丸先生と生前、「今年こそは痩せようね」と言い合っていたことを思いだした。私は見た目と違って体力が乏しくすぐ体調を崩す。気付くと毎日当然のように運動をしている自分がいる。今まで何度も続けようと思いつつ続かなかった。先生の話では、「思いの丈、身の丈にあらずと言ってね。放っておけば本当にしたい時に行動に現れているもんだよ。」そんなことを思い出した。 |
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8月27日月曜(曇り)「むむむ〜準備遅れ気味、トホホ」 何事も重なるものだ。不幸も重なった、幸いと言っては誠に失礼千万だが直接の知人ではなくホッとした。そして、仕事も重なった。しかも新規取組みや小事が多く煩わしい。これだけは幸いなことに、ここ数日は過ごしやすい日が続いたせいか体調がいい。そのお陰で仕事がバンスカはかどった。今までなら1周間かけてた仕事も2・3日で終わらせた。それでも、仕事が重なった。その結果、まだ時間のある書作と書展の準備を後回しにし、遅れ出した。あ〜間に合うのかなーと不安になるが、今年は石丸先生の追悼展にもなるので、絶対気の抜けた書は書きたくナイ。会員様の出展状況はというと、ここ近年にない賑わいになりそうだ。 |
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8月18日土曜(晴れときどき雨)「初七日を過ぎ・・・」 石丸先生の初七日が早くも今週木曜日に終わった。あっという間の出来事だったような気がする。 私は告知を受けた直後お会いした。私は。お会いする前に一つだけ心に決めていた。本人を目の前に泣くなということだ。つらいのは当事者だ。回りがメソメソしていると本人が声を潜めてしまう。だから、絶対に涙を見せないと決め家を出た。石丸先生は驚くばかりに物静かだった。これから、死を向えるかもしれない人がこんなにも静かでいられるのか?見ている方が気が動転している。 「しょうがないよね」石丸先生は私にそう言って静かに笑いかけた。その姿はいつもの石丸先生に他ならなかった。これからの会のこと先生のことをお願いされ、石丸先生が気がかりだったという幾つかの用事を頼まれあっけないほど短く終わった。 「あーこれでスッキリした」そう爽やかに言った。本人は呆気ないほど素直に現実を受け止めているように見えた。私は何時しか涙が止らなかった。気付くと泰煌先生も声に出して泣いていた。そして、石丸先生の横で思いの丈をぶちまけていた。石丸先生は「うんうん」と静かに聞いていた。 「おかしいおかしいとは思ったけど、まさかね〜。いや〜お陰で痩せられたよ。まだ標準体重より8キロ多いけど(笑)。」カラカラと何時ものように笑っている。私は一言も声をかけられなかった。「はい、はい」と小さく返事をするのみ。かけられるあらゆる言葉は頭を駆け巡り、過ぎ去った。なんの言葉も無意味だと感じた。ただ木偶のように頷くしか出来ない自分を知った。 あれから、治る、いや治すという前提で先生と話続けた。最新情報を仕入れるべく最終的には15冊ぐらいの本を買った。商品も東京は言うに及ばず、原産地の沖縄から、長野からと方々から手を尽くして仕入れた。心の奥底で絶対治るという根拠の無い自信があった。しかし、現実にはそうはならなかった。前通夜の夕方、今まで全く降らなかった東京に大雨がザッと滝のよう降った。葬儀社の方が言うには、通夜や前通夜で降る雨は「涙雨」と言って寿命で亡くなられたこと意味し、その方が天に登り涙が雨になって振ることを意味していると言ってくれた。それを聞いて涙が止めど無く流れた。 |
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8月7日火曜(曇り)「曇り」 なんか降りそうで降らない日が続く。東京の水がめは50%代になり今後益々減少傾向にあるそうだ。なんかスッキリしない毎日。ドッパ〜と降ったらスッキリするだろうにと思うのだが、神のみぞ知るといったところか。ただ、そのお陰で過ごし易い。扇風機も回さなくて大丈夫だ。ちょっと肌寒いのかクシャミが出る。ただ、全体的に調子はいい。ようやく泰永展の制作にも取りかかり、まずまず順調。なんとか間に合うと思う。泰永展の準備もボチボチ進め出した。会報も完成した。天気も気分もスッキリしない曇りは嫌いじゃない。リキミが無く物事がわりと順調に進む気がする。そして、いずれかは晴れか雨になるだろう。これはまるで運の上下に似ている。なんともない時にどれだけ進めるかで、その後の結果に変化をもたらす。 |